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「昭和の営業マンとの別れ」広島工務店 広島リフォーム 広島外壁塗装 投稿日:2018年05月21日


昭和の営業マンとの別れ


福岡から広島に帰ってきたのが20年

大きなゼネコンに努めてきていきなり小さな工務店に帰ってくる不安が相当ありました。

SRC、RC、S造の現場監督をしてきて木造住宅、正直バカにしてきた部分もあります。

逆に「社長の息子が帰ってくる」と取引業者や職人の間でもいろいろと話題になっていたみたいです。

当時のハウスメーカー担当者は、相当面倒な人間でみんなから煙たがられる存在

100人規模の第一線の現場監督をしてきた私

こんなレベルの低い現場監督に自分の失敗を擦り付けるように怒られるのが嫌で嫌でいつ福岡に戻ろうか悩んでいました。

だけど、考えてみたら自分は父の跡を継ぐ事で帰って来たのであって

レベルの低い人に指図されるために帰って来た訳でないと考え直して

こんな奴に負けない知識と段取りと行動力で「見返してやろう!」と奮起しました。

帰って来たばかりの時代、運が良いのか悪いのか相当忙しく

一級建築士学科試験が重なり不眠不休で働いていました。

どうにか同時に受けていた一級建築施工管理技士と学科は受かりましたが

製図の試験の時が数年の新築ピーク

一日にやり方5棟、月に2棟ペースで上棟引き渡し

「社長にもう少し肉体労働しない時間が欲しい」直談判

「じゃ誰がするんやぁ~」と却下され震えが止まらない手で図面の練習をしていましたが

見事に落ちてしまいました。言い訳ですが(涙)

落ちても短時間のうちに頑張ったのをみんな見ていたので

「がんばっとるね!」とみんなが応援してくれるようになりました。

それまで電話のやり取りしかしない小川さんが教えてくれた言葉

「社長の息子が帰ってきてみんなどんな奴が戻ってくるんじゃろう!」

「ちょっと、警戒しとったんじゃ!だけどなかなかやるじゃんと言っとるんよ」

嬉しそうに話してくれ、それからあーだこーだ言いながら20年自分の担当を変わらずしてくれた。

しかし、その小川さんが5月17日に他界した。

怒ったり笑ったり暇あればここにきてさぼっていた小川さん(笑)

たくさんの営業担当がいますが20年も担当が一緒ってなかなかないことで

本当に助け合いながらここまで来ました。

泥臭いけど人情味がある「昭和の営業マン」なんか「情」の大切さを改めて教えてもらいました。

くやしさいっぱいで現実を受け入れられないのですが仕方ないので、ご冥福をお祈りいたします。


家づくりに大切な事


ネット社会になり便利になった世の中

人の顔を見ないで注文できるようになりました。

高いとか安いとかいろいろありますが、

家づくりって誰が造っても一緒っということはありません。

最近ではいろいろ物事を数値化をして表現したりしています。

悪いことではありませんが決して安心できるものではありません

本当に大切なのは造り手の気配り心配り

忙しい世の中になりスピード=お金が求められえるように難しくなってきました。

だけど、本当に良い家はそこにあると思います。

私は、安さありきで職人を選んでいません。

お互いが心通わせることができるか?

前向きで一生懸命自分の目指す家づくりに取り組んでくれるか?

人間臭さを本当に大切にして「チーム岡田」を作っています。

職人から業者担当者すべての方々に助けられ造っています。

そんな気持ちが伝わるのか気持ち良い職人さんたち

新築やリフォームが終わるころ

お施主さんに「工事が終わるのがさみしい!」とよくいわれます。

私の大切にしていること「絆」「情」

私も小川さんに負けないように

古臭いといわれるかもしれませんが「昭和な家づくり」の情を大切にしていきます。

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