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広島 健康住宅パッシブライフ 「大切な日」 投稿日:2015年08月6日

「70年原爆記念日」

私が生きて44年

私が生まれるたった26年前の出来事

小学校の頃から広島では平和学習が行われ

たくさんの方から原爆の悲惨さを聞いてきました。

広島の地で育った父は疎開で白木?上根?田舎にいたとのことです。

原爆が投下された時は9歳

その原爆の光と風をその場所でも感じたらしいです。

父が終戦後疎開から戻り想像できない風景を目の当たりにし

その記憶が脳裏に残って「忘れられない」と

ずっと言って話してくれませんでしたが

亡くなる前に口数少ない父が話してくれました。

終戦後、原爆の後遺症で近所のたくさんの方がなくなり

その方々の遺体をリアカーに載せ

牛田のある場所に運ぶよう私の祖父に言われそこまで運び

その方々の火葬をやらされ嫌じゃった。

「吐いても吐いても吐ききれないほど吐いて帰り小川に落っこちた。」

「牛田の○○にたくさんの死体が無造作に集められそこでも火葬が行われとった」

「わしも思い出したくないけどのぉ~お前も大人になったけん話すけど」

と言って色々とその当時のことを話してくれました。

「大人が勝手に戦争しといて原爆まで落とされて、気持ち悪い思いをさせられて」

「ほんまに子供心に思ったけん、お前らにそんな思いをさせん様にしてきたんじゃ」

「お前らはそんな経験した事ないけんわからんじゃろけどのぉ~」

「まだ、おまえの子供にそんな思いさせるなよ!」

帝王学と言って小さい頃から色々と父に学んできました。(帝王学と言う意味はわかりませんでしたが(笑))

「人に喜んでもらう気持ちを忘れるな!」

「できんと言う前に努力しろ」

「自分に手を抜くな!」

これが父から最後の「教え」でした。

色々と書き方に問題があるかもしれませんがご了承ください。

今日は父からの教えを思い出す「大切な日です」

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