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阪神大震災から18年 投稿日:2013年01月17日

今日は、阪神淡路大震災から18年

震災を直接経験したわけだはありませんが、震災復旧工事に携わり

私は、復旧工事でたくさんの経験をしました。

18年前の今日、マンションの現場が終わり

九州支店に行き昼食を取ろうと会議室に入ると

燃えたぎる炎や倒れた阪神高速、倒壊した建物をテレビで映しだされていました。

午前中忙しく何もニュースを観ずに仕事をしていたためその衝撃の映像を見て

大変な事が起きていることを知りました。

「岡田君がここに行くようになると思うから準備しといて」

支店長に言われ一週間後にその辞令が出ました。

本当に何が何だかわからない状態でどのような格好で行ったらいいのかもわからない

大阪支店に聞いても神戸の状況が把握できていないらしく

スーツと革靴そして遠征用の大型リュックを担いで

関空から大阪支店に入りそこから箕面の寮に向かい翌日神戸に乗り込むことが決まりました。

先輩から電車の始発の時間を聞き、5時30分出発

大阪から三宮に向かうJRルートで出発しました。

大阪~尼崎に向かう風景は、ブルーシートなどで屋 根に養生された状態でしたが

三宮に近づくにつれて状況が一変したその風景は今でも忘れられないくらいの衝撃でした。

実際、JRは途中までしか動いてなく代替えバスを乗り継ぎながら行くのですが

バスに乗れない状況で結局ほぼ歩き、その情景を見て現実を知りました。

そして、歩き続けスーツも革靴もボロボロになり元町にある農業会館内にある震災対策本部につきました。

再び地震が来たら倒壊するだろう建物内で復旧対策本部を立ち上げている状況で

土木関連は、鉄道復旧工事で不眠不休の状態で作業していました。

その日は、その危険な建物に寝泊まりしました。

余震が続くたび目が覚めてすごく怖い夜を過ごしたのを覚えています。

そして、兵庫県の委託を受けて建物の被災状況の調査をすることになりました。

ビルや戸建てを一軒一軒、その被災状況を調査をするのですが、地震によっておこった被害のすさまじさに

正直怖さを感じました。

地震によって倒壊した建物はありますが

被災を受けた建物の多くは、あまり表に出ていませんが

実は人災的なちょっとしたミスや手抜きで認識不足によるものが多く

現場を携わっている私は、その時造り手の責任の重さを痛感しました。

人の命を預かっている責任を考えるとほんのちょっとの「まっいいか?」が重大な問題になる事

しかし、私一人が注意していても結局建物を作るのに何十人何千人の人の力が関わってきます。

一人が努力しても難しい現実も感じました。

小さなミスも妥協しないためにはどうしたらよいか?この時考え始めるきっかけになりました。

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時間を感じることのできないような忙しさの中

灘区の住宅密集地に行き

焼け野原になった情景

家族の遺品を探している子供の姿をみて

すごく辛い、すごく悲しい気持ちになり何もできない自分

格闘した記憶が今でも心に刻まれています。

震災から18年が経ち、東日本大震災や数々の災害でたくさんの命を奪っていきました。

命の大切さを常に感じながら自分にできること何か?を考えたとき

災害に強い、丈夫で長持ちする家

そして家族の命を守る家を職人一人一人がチーム一丸となって

妥協のない家づくりを作っていくことが自分にできることと思っています。

あれから18年・・・

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