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新入学!! 投稿日:2013年04月11日

息子もようやく小学校入学しました。

小学校に入るといきなり行動範囲が

増え友達と遊ぶ時間がふえたり色々と楽しいみたいです。

彼にとって劇的な変化でしょうね!!

大工さんに家具を作っていもらっていると

息子と娘がちょこんと座り社会見学

ぼくも小さい頃、じいちゃんの家づくりをこんな感じで見学していたなぁ

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 瓦のお話

 日本三大瓦「石州瓦・島根」「三州・愛知」「淡路瓦・兵庫」と「菊間瓦・愛媛」瓦の歴史は長く1400前に伝来したと伝えられています。日本の町並み景観は、おおむね温暖な太平洋側は銀黒系の町並み、寒さ厳しい日本海側は赤系の町並みに分けることができるでしょう。広島県北から見られる赤褐色系の瓦は、石州瓦で釉薬もしくは塩焼き瓦で、いぶしに比べ凍てに強い瓦として寒い地域に普及しています。しかし、釉薬が一般的に使用される江戸中期から明治になってからで、それまではいわゆるいぶし瓦の銀黒系の建造物や町並みが多く形成されていました。日本海側でも城下町のお城や武家屋敷、町屋の屋根はいぶし瓦が多いのは、そのためです。いぶし瓦は、「三州・愛知」「淡路瓦・兵庫」と「菊間瓦・愛媛」が有名で土を瓦の形にかたどったあと、釉薬もかけずに窯の中に入れて焼き、そのあとむし焼きにして瓦の表面に炭素膜を形成させ、瓦全体(裏も表も)が渋い銀色をした瓦ができあがります。辞書の説明は違っても「いぶし銀」語源はこのことから

きているきがします。ただ、表面の炭素膜が年月の経過と共に剥がれ落ち、変色していきます。また、水が浸透しやすく塩分を含んだ水(海水等)による塩害、寒さによる凍害等が起きることがあります。瓦の一番の問題は流通、船で運搬できるる所が理想とされてきました。たくさんの瓦が必要なときは、優秀の瓦工がその場に出向き、その地域の土を使いのぼり釜も作り、生産していたそうです。広島の瓦も千差万別でその時代流行した瓦が使われてきました。釉薬瓦もあればいぶし瓦もあるなかで、時が経ち屋根の修理をするときに瓦の上を歩くのが怖い(割れやすい)のはいぶし瓦と思います。住宅の渋さを出すために当時よく採用されていましたが、今後屋根を葺き替えるときは、釉薬瓦をお奨めします。

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